2022/12/30

年末

今月ずっと書いていなかった。
書くようなネタもなかったし忙しかったし。
このように気が向くとブログを書いているが
もう何十年と書いている日記帳ももちろんある。
ネット上のブログは2019年から書き続け
それは毎年冊子にしている。
ブログは公にできる忘備録と思っている。
冊子にしてそばに置いていて、例えば
『〇〇に行ったのはいつだったかなぁ』と
すぐに調べることができるので重宝だ。

というわけで今年のことで書き残していること。
数日前に健康診断の結果が送られてきて
これは記録しておかんと。

3月から血圧の薬を飲み始めた。
7月下旬から高脂血症の薬を飲み始めた。

今回の結果はその効果がバッチリ出てましたので
年明けに3か月ごとの受診があるので
主治医に報告シマッス。

ところで片付けしていてふと思うのですけれど。
たとえば綿の古着、主にTシャツとかですけれど
私はハサミで切ってキッチンで油汚れなどを拭くのに使う。
裏が白い紙はこちらも切ってメモ用紙として使う。
多くのもののリサイクルが叫ばれている中
この行為ははたして有効なのだろうか・・・。

そうそう、後ろ姿しか撮影できなかったのだが
秋田犬の叔父と甥っ子。
右のが生後6~7か月くらいの甥っ子。
初めて出会ったのは11月のはじめ。
実は私は16歳のときから約10年間、真っ白い秋田犬を飼っていて
秋田はおとなしく、人懐っこいことは知っているので
すぐに話しかけてなでなでさせてもらった。
この写真ではわかりづらいが甥っ子秋田は
成犬の叔父秋田より一回り小さい。

私は16歳の秋に母を亡くしたのだが、
寂しくないようにと友だちが犬をプレゼントしてくれるという。
彼女の家には2頭秋田犬がいる、しかも子犬だよ、
そのうちの1頭をくださるというのだ。
(子犬だって、生後6か月の子犬だって❗❗)
と到着を待ちわびていたのだが、
現れたのは柴犬の成犬より大きいではないか。
『これは子犬ではない』

あれからウン十年。
はじめて6か月は子犬なのだとわかった。
あぁこれでも子犬なんだ・・・
この写真は最近の写真なので
初めて出会った1か月半前よりはるかに成長していた。
かわいい、すこぶるかわいい。
私の飼っていた犬は真っ白だったが
こちらは寿里子と同じサビだ、サビ犬だ。

再び年末なので昨日作った昆布巻きアップしておきます。

良いお年をお迎えください。

2022/12/04

マウナロア噴火ですって

ハワイ島マウナロアが噴火している。
38年ぶりだそうだ。
溶岩は島の中心を走るサドルロードに近づいているという。

今回の噴火のニュースを受けて夫が
「マウナロアってどの辺?」というので地図を取り出す。
あらためて地図を見ながら、正直、心の中で
「ごめん、マウナロア、あなたの存在を忘れていた」
と、つぶやく。

23年前初めて訪れた時、
サドルロードをレンタカーで走ることは禁じられていた。
日本の四国くらいの大きさと言われるハワイ島。
外周する道と州都ヒロと西の玄関コナを結ぶように
島の中央を通るサドルロードがある。
サドルのようにアップダウンがあり
昔はそんなに道幅もなかった(と思う)。
とにかくレンタカーはだめだったのだ。

3年前に一人で訪れたハワイ島。
サドルロードが新しくなって走行できることを知らなかった私は
コナ空港から南回りでヒロの方へ4~5時間くらいかけて向かっていた。

コナ飛行場から島を南下するとナアレフという、
サウスポイントの入り口の小さな町になる。
そこからヒロへ向かっては簡単にいうと北上(東北上)する。
ハワイ島は天文台すばるのあるマウナケアと
マウナロアという富士山より高い山があり、
それに分断された島は東西でまったく天候が変わる。
昼過ぎにコナを出発したがこちらは快晴。
しかしナアレフ過ぎて北上し始めると
曇り空、ポツリポツリ、ザ~ッの雨。
この状態がコロコロと変化していた。
天気が良くて、気持ちにゆとりがあれば
この長い緩やかな登り道の左手に
穏やかなマウナロアが優しい姿で
私を迎えてくれていただろうが
天気が悪く疲労が出始めた私には
半泣き状態で運転していた。
家の周辺を3~40キロでチンタラ運転している日々
そんな私がいきなり一人で左ハンドル
時速90キロキープで3時間以上
2台でも後ろに着いたら道を譲ろうにも
譲るところがなかなか見つからず・・・
今思い出しても本当につらい運転だった。

疲れ切って目的地に着いた翌日に
訳あって再びキラウェアから数十キロ南下
つまり逆走していた。
そのときは前日ほど天気は悪くなかったので
ずっと右手にマウナロアを感じて走っていたのに
夫とともに地図を見るまでそれを忘れていた。

地図を見ていたらまた行きたくなった。
地球が生きていることを実感する島。
女神ペレが怒っているのだろうか。

ヒロからコナへ戻るときはサドルロード走りました。
素晴らしい道でした、早かった・・・

2022/11/25

何も見えてない、ただ感じるだけ

 2年半前、コロナによる緊急事態宣言が出て
人々が毎日訳も分からず自粛生活をしていた時、
それはGWが始まろうとしていた4月末のある夜、
長年米国暮らしをしている中学・高校時代の友人の訃報が入った。
それまでも数人の同窓生の訃報があったが
その友人はかなり親しかった友であったので
あまりの突然の訃報に泣き崩れた。

訃報は友人からのfacebookのメッセンジャーから入ったもので
丁度入浴中だった夫は、風呂から出たら私が
ウォンウォン泣いていたのでさぞかし驚いたろう。
ひとしきり泣いた後、おそらく普通に寝床に着いた。
当時私は早朝5時前から40分くらいジョギングしていたのだが
翌朝もいつものように走りに行った。
(うん、大丈夫、一晩で立ち直った・・)と思いながら走っていた。

しかし突然、走りながら涙がとめどもなく流れてきた。
何かを、ましてや具体的に彼女を思っていたわけではなかったと思う。
それなのに突然涙があふれ出し止まらない。
そのこと事体に頭にきた。
とっさに私は心の中で彼女に叫んだ。
『いったいそっちから何が見えているんだっ!!』
すると
『何も見えていないよ。ただ感じるだけだよ』
何? 今のは。と走る足も止まってしまった。
聖パウロが突然、キリストの声を聞いたのと同じようだった。

彼女は今年8月ようやく日本に戻った。
偶然にも我が家と同じ霊園に墓地があり、納骨後に訪れた。
先日、夫が墓の掃除に行くというので
3か月ぶりに行ったのだけれど
巨大な霊園、似たような並び。
○○区○○番というメモは家にあり・・・
この列だったかなぁ~、違うなぁ
次の列かなと歩きながら、8月写真を撮ったことを思い出した。
彼女の家の墓石には『○○家』と彫られていないので
どんな墓石だったかを確認しようと立ち止まり
スマホを取り出してチェックする。
写真を見て(そうだった、この墓石)とスマホから目を離したら
目の前にその墓石があった。
立ち止まったのが彼女の墓の前なのに
スマホ操作をしてしまったのだった。
「やだぁ、バカだなぁと思ったでしょう」

私は彼女が応えてくれた先の言葉を信じている。
それまで多くの人がもっているかもしれない
『死者は我々を見守っている』という考え方を
おそらく私ももっていたと思う。
しかしあの日以来、そうではないと思うようになった。
そしてあの日以来、なるべく毎日彼女を思うことにしている。
あちらからは何も見えていないのだ。
だけれど誰かが彼女を思うと
それを彼女が感じるのである。
彼女はいつまでも私の中で生き続ける。

2022/11/09

ソフトと言ったらアイスのことなの、か?

もうそろそろ終わりかけの時期ですけれどモンブラン
某エリアの某フリーペーパーにおいしそうな写真が載っていた。

モンブラン、昔はスパゲッティの太さみたいな
たぶんサツマイモで作ったクリームでデコレーションし
その上に栗をチョンと乗せていたのが多かったが
最近のはそうめん並みの細い栗のクリームを
ふんだんにデコレーションしたものをよく見かける。
(小布施の朱雀みたいの)
私がフリーペーパーで見た写真もそうだった。
おいしそうだな、1200円かぁ。
これだけ栗クリームでデコしたらそんなものかなぁ。
奮発して買って帰ろうと思ったのだった。

で、お店に入ったのだがショーケースがなく
しかしポスターがあったので
「これ持ち帰れます?」と尋ねると
「これはアイスクリームなのでできないんです」
なんと、栗のそうめんデコの下はアイスクリームだったのか。
購入を断念、アイスも断念。
帰路に再度そのフリーペーパーを見てみる。

ふ~む、『モンブランソフト』とある。
商品説明の文章もついていたのだが
その文章には一文字たりともアイスクリームとうたってない。
写真だけだとケーキにしか見えなかった私。
ソフトとはアイスクリームと同義語なのか
おばちゃんにはわからなかったなぁ、知らなかったなぁ。
でもそうなのかな?

2022/11/03

冬瓜料理3つ

冬瓜ですけれどねぇ。
私は料理したことないのですよ。
今までの人生で興味を持ったこともなかったし。
だいたいウリ科のものはもともと好きというわけでなく。
カボチャ、ズッキーニは好きですが、
きゅうり、すいか、メロンはその次という程度。
それが今年、お隣K先生が冬瓜を育ててくださりました。
できたわ、できたわ、すごいのがゴロゴロ。さぁ大変。
まず何をしたかというと
冬瓜はいくらくらいで売っているのかと
スーパーにリサーチに行きました(あさましい!)
先ほど書いたように興味を持ったことがなかったので
そもそも売っているのか?と思い・・・(バカ!)

COOKPADとかでいろいろ調べましたよ。
煮ものにするのが多いですけれど
(だからカレーとかにも入れました)

まずは鶏ひき肉と卵の甘酢炒め 
夫はどうも好きでないみたい。
なんとなくやさしい味で私はいいなぁと思ってましたが
これは麻婆冬瓜です。普通です、普通。
今日はこれを作ったよ、グレープフルーツのコンフォート
お料理の先生をしている同い年の生徒さんがおりまして教えてくれました。
コンフォート、これはなかなか良かったですわ。
でももう冬瓜はおしまいです。
7キロクラスが2回穫れまして、それ以外にも2~3個
大変お勉強になりました冬瓜でした。
とはいってもどうせ来年には忘れてしまうだろう。
ってことなのでブログに載せました。
来年も植えようねぇ。

2022/11/01

再び『由比ガ浜』

大河ドラマ観ております。
いやぁ、毎週のようにどなたかが策略の犠牲者となりますな。
贔屓俳優の中川大志君の畠山のラストは名演でした。
先日の和田義盛も弁慶の立ち往生みたい。
それより巴御前が木曾義仲とともに果てたと
長年思っていたので、まさか和田義盛と・・
というのはこの大河で初めて知りました。

そんなことより『由比ガ浜』のアクセントです。
12~3年前、ブログを書き始めた時にも触れましたが
アクセントは「ゆ」です、「ゆ」にあり
「い」ではありまっせん!!
江ノ電のアナウンスも「い」にあり不快です。
なんとかしてほしい・・・

余談ですが、鎌倉は非業の死を遂げた方々が多く
浮かばれない霊が多いのですよ。
霊感の強い方は訪れ難く
霊感のない方もいろいろ遭遇してしまう。
私はま~ったくないのでどこへでも大丈夫ですけれど

2022/10/19

コンクール終わりひと段落

第40回スペインギター音楽コンクール
大変お疲れさまでした。
久しぶりに日付をまたいでの帰宅でした。
寝る直前に「そうだ、今日は何歩あるいたかな」
とスマホを開くと1700歩。えっ?そんなに少ないか?
と一瞬(壊れた~)と思ったが、17日になっていたのね。
ちなみに日曜日は13000歩くらいでした。

コンクールの結果や出場された方々、
聞きにいらしてくださった方々のお話は
ここ数日のfacebookやtwitterにたくさん投稿されてますので
ご覧くださいませ。
受付仕事を担当しておりました私は
生の音を一音たりとも聞いてないのが残念でなりません。

ということで、何を書こうかなぁ~
そうだっ! 打ち上げはバーミヤンでしたが
そこで初めてお料理お運びロボットに会いましたよ。
(これはそもそも本当は何という名前なのだろう?)
顔が猫でかわいいよ。

お運びが終ったロボとこれから運ぶロボが鉢合わせた。
しばしにらめっこ状態でこの先どうするのだろうと気になった。
どうやら何かしゃべっているようなのだが
人の声には負けるから聞こえない。
しばらくしてビールを運んできたウェイトレスさんが動かしてしまった。

注文はタブレットからだけれど
操作してくれている若手ギタリストさんの手の動きが速い!!
「うちの一番近いファミレスがバーミヤン」
そうか、なるほどと妙なところを感心し。

あまりお話したことのなかった若手の皆様から
少しの時間ですがいろいろお話伺え
また仕事の合間にもお手伝いくださった会員の方々とも
少しお話しできたことがよかったなぁと思っています。
残務もありますが、1月のニューイヤーコンサートへ
頭を切り替えていきましょう!!

あの日、あの場所に集った皆様ありがとうございました。 
皆様の今後のご活躍をお祈りいたします。