7月、突然テレビが壊れた。
コンセントを抜いたり、AIにも相談し、
あれやこれややったがどうやっても復活しなかった。
(たまたまその時にやり取りしていた同世代の友人は
「たたいてもダメなの?」という反応。
それ、昭和デス!!)
納品まで1週間、テレビのない日々は静かだった。
とにかく大嫌いなトランプと女狐(誰かわかるよね)を
見ないだけでも心の平安が保たれた(大げさ!!)
しかしこのテレビ、6年しかもたなかったのである。
6年前のコロナ禍、国から一人10万円の給付金が出て
何に使おうかぁと思っていたのだが
結局それに消えてしまったのでよく覚えている。
給付された時期と壊れた時期が重なり
そのお金は右から左へと流れて行った。
そしてこの時からラジオ体操をほぼ毎朝するようになった。
よく続いていると思う。
最近つくづく感じる心の平安は
女狐を見ないことにプラスして
夫がお隣K先生の畑を手伝って
野菜をたくさん育てるようになり
その野菜をあれやこれや考えて調理すること。
野菜を刻んでいるときがやすらぐ。幸せだと感じる。
その年年(としどし)で収穫量に変化があり
昨年あれがたくさん穫れたからと予想していても
今年同じようにならないこともある。
今年、我が家の庭のメスレも梅も不作だった。
畑のブラックベリーは大豊作。
バジルとパセリは枯らしてしまった…などなど
話それますが↑で年年(としどし)とルビを振ったが
先月『振り仮名があれば学力はあがるのか』(松本大著)
という本を読んだ。
漢字にルビ、このことをあらためて考えさせてもらった。
学力があがるか否かについて書かれていたわけでない。
私が印象に残ったのは、日本語文字文化のすばらしさ。
泉鏡花や永井荷風、現代でも漫画にもらしいが
すごく自由にルビを振っており、
読者の想像をより大きくしていた事とか感動してしまった。
そしてもう一つは、松本氏の育った家の本棚は
子どもの手の届く高さまでのところにルビ振り本が置かれており
それを広げてながめて(読んで)育ったと。
ルビが振られてある図鑑とか全集とかが並んでいたのだ。
ルビの歴史みたいな話からルビを振ることで
難解な専門書もハードルを下げることもできるし
多くの外国人就労者も学びやすくなる。
そんな風にルビのことをあらためて考えるきっかけになった。
そこで先の「テレビをたたく」友人であったと記憶しているが
彼女中学生くらいの時に、買ったサンドイッチに
「生ものですのでお早めにお召し上がりください」
をイキモノと読んでパニクった過去があったような。
違う人でしたらゴメンナサイ。