2020/10/22

久々に風邪ひきました。

久しぶりに風邪をひいた。
日曜日 日本スペインギター協会の音楽コンクールだった。
(その結果は日本スペインギター協会のfacebookなどでご確認ください)
コロナ禍で多くのコンサートやコンクールが中止の中
無観客によるホールでの最終6名による本選を行った。
集まったスタッフは最小限に絞られた。
2か月ほど前にコンクールのチラシを発送するために
本当に数か月ぶりに会長及び数名の理事の先生方にお会いした。
その日いつもいらっしゃる理事の先生のお一方が
『濃厚接触者の濃厚接触者』(だったかと記憶)となり
外出することができず欠席。
その先生がコンクールまで要注意と
おっしゃっていらしたと伺った。
私はまったくぼんやりした腑抜け人間だったので
ここでこのような注意を聞かされていなかったら
夏以降にゆるんだ世間の雰囲気に促され
あっちへふらふら、こっちへふらふら行動しそうであった。

無事コンクールのお手伝いも終えてほっとしたのか
帰宅した直後からなんだか喉が痛い。
というわけで今週は喉から鼻という具合に風邪ひき状態。
家にいる間はほぼ安静にしている。
熱は幸い高くならず7度3分くらいまでといったところ。

で、とにかくふらふら行きたかったところの一つが
国立博物館でやっている『桃山天下人の100年』
本来美術館とかは文字通りふらふらと行きたいのだが
このご時世でご存じのように事前予約が必要。
コンクール終えたら即行くぞと予約してあったのだ。
入り口での検温がドキドキだったが「6度5分です」
ほっとしましたわ。
前期・後期と展覧物が代わってしまうもののうち
私がどうしても見たいものが前期(11月1日まで)の
『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』(俵屋宗達絵・本阿弥光悦筆)
琳派に興味を持たせてくれた作品だ。
残念ながらこの長い巻物の一部しか見られない展示方法だった。
私が16年前にこれにひきつけられたときは
14メートルすべてが広げられ見ることができた。
まるでアニメーションを見ているみたいであった。
まったく事前知識がなくこれに出会ってしまった私は
以来『琳派』と名がつく催しがあればあっちへふらふら
こっちへふらふらと見に出かけるようになった。
今回ほんの1~2メートルしか見られず
と~ってもがっかりしたが、
信長・秀吉・家康像(教科書でみるあれ)がすべて見られたし
フランシスコザビエルの絵(これも教科書で見るあれ)とか
数多く展示されていた鎧兜
正式には具足っていうのかしらん?
面白かったですわ。

定員制すっごく良い!
とにかく密にならないので見やすい!
音楽会もお隣にも前にもお客様がいなくてよい!
今までより500~1000円高くなっても
この方法が良いと思います。

2020/10/20

寿里子 4

明日21日水曜日寿里子命日 11年たちました。
あの日も水曜日だった。
レッスンに出ていたが理解ある生徒が
「休みでいいですよ」と言ってくれて
彼女のレッスンだけ休ませてもらいその日のうちに火葬した。

ハンティング自慢 もう2つ。

山からのネズミ以外にモグラもあったが
なんといってもハトとスズメの思い出。
ハト これはバレンタインプレゼント
私が寿里子にちょっと言ってみたのだ。
「もうじきバレンタインデーだから彼に(夫)なにかあげたら」
と言ったらハトを持ってきたのだ。
私は見ていないけれど…。
夫曰く、1Fの窓から外を見るとなんだか羽が舞っている。
見るとハトを捕まえて持ってきたという。

スズメ
これにはちょっとストーリーがあって・・・。

その日会った友人とたまたま飼い猫談義となった。
うちは「すりこ」だがそちらは「すずこ」
そのうち彼女が
「猫ってスズメ捕まえるとき、『チュチュチュッ』って
 人間みたいに鳴き声まねしておびき寄せますよね」
と語ってくれた。まさか!
そう思って帰宅し、すぐに夫にその話をした。
わきで寿里子も聞いていた。
その後数時間して・・・。夫
「あなたがあんなこと言うから、寿里子がスズメつかまえてきた。
 『失礼しちゃうわね、そんなことしなくても捕まえられる』って」
この弁、しつこいですが夫です。
「あ~ら、いいこと教わったわ、
 やってみたら本当に簡単に捕まえられたわ」
と考えるのが私です。
寿里子が本当はどう思って捕まえてきたのかは不明です。
しかしその後お隣さんから言われました。
「寿里子ちゃんってカラスとお話してますよね」って。
鳥相手にやはり何か言うのだろうか…。

夫はいつも命日に「寿里の好きだったマグロ買ってきて」
と言いますが、私は鯵だと思っている。
寿里子はメスレの木の側に眠っています。

2020/10/15

箱根~湯河原ルート

先日NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で
箱根登山バスのドライバーの放送があった。
運転技術もお客様への心遣いも素晴らしい方であった。
私 実は箱根登山バスの運転手さんに感動したことがあり
NHKの番宣で「バスのドライバー」というのが聞こえて
ふと画面を見たら見慣れた箱根のバスなので
「!!! やっぱ登山鉄道のバスだ!」
とワクワクして番組を見た。

数週間に一度、箱根湯本の整体の先生に通っているのだが
昨年もちょっとやりましたが
お天気が良くて時間がゆっくりあるとき
ふら~っとそのままバスで芦ノ湖とか
立ち寄り湯とか行くのです。
何年か前にも芦ノ湖まで行って
同じルートで戻るのもおもしろくないからと
元箱根のバス停でどこ行きのバスがあるかなぁ
と探していたらあと数十分で湯河原行きのバスがくる。
これで山を下りようと乗車した。
元箱根から乗ったのは私一人。
景色もいいのですよ。
芦ノ湖から一度大観山にあがって
そこから湯河原へずっとくねくね降りていく。
この箱根湯河原ルート 
私の印象では小田原からのルートより
ずっと道が細いと感じたがどうだろう。
そのうえくねくねだから対向車が来たら・・・
とハラハラしながら一人乗車していたが
その運転技術に感激してしまった。
この路線を大型バスで運転できるなんて
なんとすばらしい! 世界一!
カッコいい!!

今でも口にするのだが
「生まれ変わったら箱根登山に就職したい」
と思わせてくれた体験だった。

しかしこの路線今年の3月でなくなってしまった。
もう残念でならない。
もう一度乗りたかった。

2020/10/14

寿里子 3

 あいだあいてしまったが再び寿里子
夜も家の中で生活できるようになり
つまりは我々と家族になった寿里子。
あくまでも慎ましく身の程をわきまえた猫だった。
私は過去の経験から私たち人間が食事中
テーブルの上を見せることは絶対しなかった。
たとえば隣の椅子が空いているから座らせるとか
食事中の食べ物を分けて与えるとかしなかった。
魚があるらしいと台所へきて
足元でせがむこともなかった。
決められたところにある器から
きちんと煮干しやマグロ、アジを食べていた。

彼女は時間にかなり忠実で
一時期は「時計猫」と私は呼んでいた。
たとえば明日はいつもより早く起きなければいけない
というときに「寿里子、明日は4時半」
と言っておくとその頃に声を発してくれたのだ。
また生徒のレッスンが長引くとそれも注意しに来る。
おとなしく部屋のどこかに座っているのだが
40分以上経過したあたりから動き出す。
それも私に対してでなく生徒さんに対して
アクションを仕掛けるのである。
だいたいは小さな声で「ニャ~」という。
あるときは前足を生徒さんの膝にポン
膝のうえに乗ろうとしたのだろうか。
でも彼女は自分から人の膝の上に乗る猫ではない
これも「もう終わりですよ」というサインか。
その生徒さんは寿里子がそばに来ていたことに
まったく気が付かないほど弾くのに集中してたらしく
膝を叩かれて飛び上がるほど驚いていた。
猫にしてみればたぶんだけれど
自分が寝ているならどうでもいいけれど
こうして覚醒していてそこに人がいるのに
なんの変化も起きないことがいやだったのか
自分が無視されていると感じたのか
そんな風に私は思っている。

2020/10/07

生活の音

 4月頃からときどきやっていた早朝run & walk
日の出時刻も遅くなったので4時台はかなり暗い。
からだもあたたまっていないので
からだに良くないと思ってやらなくなった。
3週間ほど前から夕食後に切り替えている。
とはいえ、こういう仕事なので
夕方が空いている曜日はそう多くはない。
家で夕食時(とき)といわれる時間帯に夕食がとれ
その後食器を片付け少し休んでから出かける。

だいたいコースは決まっていて
スタートして5分くらいで川に出られる。
その川に沿ってず~っと走る(歩く)。
平地だけだとお尻のためにならないので
途中からちょっと山越えもする。
以前からの持論である「女はケツ」というケツ論です。
お尻を鍛えねばなりません。
山越えと書いたがそのコースは分譲地
だからまわりは家なのだけれど
それぞれの家庭からいろいろな音が聞こえてくる。
私はそれを聞くのが結構好きなのだ。
それも台所の音ですね。
鍋とか食器の音。
なぜかそれが好きですわ。
そしてお夕食のにおい。これも楽しい。
煮物でもにおいによって「魚だな」とか
「うわっ、いかのにおいだぁ~、いいなぁ」
とほんとに一瞬だけれど楽しい。

家の中から聞こえてくる音が好きなのは昔からだ。
それは人が生活している音だからだと思う。
今日も無事に家でご飯が食べられること。
食事を用意して待ってくれている人がいるということ。
待ってあげられる人がいること。
鍋がごとくに当たる音や食器の音の先に
人々が普通に生活していることが感じられるから。

においといえば、今は金木犀の香りも最盛期。
この香りがすると「どこ? どこ?」と
木を思わず探してしまう。
いつまで続くかrun & walk!

2020/10/04

着なかった夏服

日が短くなり、空気が涼しくなり急速に秋が来た。
湿度もグッとさがってさわやかな日に
長袖のTシャツとかカーディガンを出して
夏物と入れ替えたのだけれど
今年は一度も袖を通さなかった夏服がかなりあった。
これもコロナで外出することが少なかったからだ。
ワンピースとか羽織るカーディガンとか。
JRに乗っても40分以上乗ることもないので
猛暑の中電車に乗って冷えて困ることなく
カーディガンは羽織らなかった。
スカート大好きだけれど
ふだんギターを構えるのでズボン
あっ、ちがう、パンツスタイルが多いので
ひざ丈くらいのスカートやワンピースは
コロナでなくてもあまり着られないのだが
本当に今年は着る機会がなかったわけだ。

もともとオシャレではなく
着る服にこだわりがあるほうでもない。
着ていく服を選ぶのは女の楽しみの一つかと思うが
私はどうやらその部分、うまく教わらず育たなかった。

洋裁が得意だった母はパンツ、肌着、靴下
それ以外はスリップ(今でもスリップと言いますか?)も
裾に気に入ったレースをつけた手作りであった。
私はいつも出来たものが着せられるだけなので
服を買いに連れて行かれた記憶がない。
おまけに小学生のころから制服であったから
目の前にある与えられた服を身に着けるだけで
選ぶ楽しみが上手に育たなかったようだ。
母が私にオシャレさせたくて作ってくれていたので
決して私がオシャレだったわけではないのだ。
今作っているこの服は今度の親戚の集まりとか
誰かさんのところへお呼ばれするときに着るとか。
だからかろうじて学習できたことがあるとすれば
服を選ぶとき「晴れ」があるということ
(「晴れ」と「け」の「晴れ」ですね)
どんな方と会うのか、つまり相手に失礼でないか
ということをを考えなくてはいけない
ということだろうか。

今は昔と違って生地の素材が安いからなのか
実際服も安く長くもたない気がする。
デザインの流行り廃りもあるから何年も着ないのだろう。
大切に洗って虫にくわれないように保管するとか
革靴は学校から帰ってきたらブラシをかけるとか
そういった日々の手入れが大切だったが
近年はそういうもにが日常身の回りに少ないから
今の子どもたちは教わることはないのだろうか。
だいたい今の子どもの親たちだって
そんな習慣もなく親になってるかもしれない。
必要ないのか? ないのかぁそういうこと。

あらら、話がどっかへ行ってしまった。
夏服のお話でしたのよ。
着なかったけれど一応手洗いして仕舞いますよ。

2020/10/02

こんな日

 私の父は経済評論家であったと思う。
以前なら思うなどとは書かず断言したと思うが
現役バリバリ評論家時代はう~んと若かったころで
私にはその父の姿は記憶にない。
私の記憶にある父は連日株取引をしている姿。
まぁそんなことはどうでもよく…

さて昨日東証システムがダウンして
全く取引ができないという日本への信用がた落ち
という日であった。
今朝の株価紙面。
ちょっと小さすぎましたね、でもなかなかの紙面です。
あとにも先にもこんな日が来ないように。



2020/10/01

温泉への旅復活したく

シルバーウイークの連休は各地の人出がすごかった。
誰だってどこかに行きたいのだ。
コロナが広まる前に出来ていたことをやりたいのだ。

私も温泉へ行きたいのです。
常々買っておこうと思っていた湯浴みをこの度買った。
いつ、どこで混浴の温泉に入りたいと思うかわからない。
そのために買わねばと思っていたのだ。

混浴初体験は20年ほど前の群馬法師温泉であった。
我々の世代から上の方は覚えておられると思うけれど
上原謙&高峰三枝子 初代フルムーン旅行
あのポスターに使われたお風呂ですね。
冬のさっむ~い時期に行きました。
もちろん女性風呂もあるけれど
ぜひともあのお風呂に入りたい。
「今ほとんど人が入っていないから入れるぞ」
と夫に言われた瞬間に直行。
ささっと浴衣をぬいで湯船にからだを沈めた。
それでわかったのだけれど
決して裸を見られるのが嫌なのではないということ。
だいたいジロジロ人は見ないものだ。
結局脱いでいるところを見られるのが嫌
ということがわかりました。
法師温泉のあのお風呂場は
扉をあけるとすぐ湯船で洗い場はなかったと思う。
だから浴場に入って棚に脱いだ浴衣をおいて
そのままドボンとできる。

数人の男性と女性がひとり入っていたと思う。
どちらもご高齢の方だった。
私はその女性とお話をしていたのだけれど
そのうち若い男性が入ってきた。
彼はガールフレンドと来たという。
彼女は今、女湯に入っているというから
一緒にお話していた女性が
「私出るから呼んできてあげるわ」
とおっしゃって下さった。
ほどなくして若い彼女が入ってきて
しばらく3人でお話したのを覚えている。

本当に男性と入ったのはそれだけだが
有名な秋田乳頭温泉の鶴の湯も混浴があり
それはかなり配慮がされた作りである。
女湯からソロソロとからだを湯船につけながら
移動していかれるようになっている。
白濁のお風呂でとても広いから
混浴という感じはまったくない。

というわけで温泉、そろそろ復活したいこの頃です。