2026/01/26

うるがす

寒い日が続きます。先週のNYコンサートも無事終了。
充実した1月であったかと思います。
ところで私の好きな本に「翻訳できない世界のことば」
というのがあります。

外国の単語を自国語に訳すときに
一言では表現できない言葉を集めたもの。
日本語からは「こもれび」「ぼけっと」などが紹介されています。
私が好きな言葉は「モーンガータ」(スウェーデン語)
「水面にうつった道のように見える月明かり」のこと。
ちょっとおもしろいのとして
「シャツの裾を絶対にズボンの中に入れようとしない男の人」
という単語「コティスエルト」(カリブ・スペイン語)。

さてそこで、先週のコンサートの打ち上げの席で
上記のような(?)標準語にない一つの方言を教わりました。
忘れないよう、日常的に使えるよう書き留めておきたい。
どのような会話の中でそれが出てきたのかというと
「夫婦は些細なことでもめる」
という話であったかと思います。

「家事をしてから練習をするか、練習をしてから家事をするか」
「食器洗ってからギターを弾くか、ギターの後に洗うかとかってこと?」
「そうそう、片付けが練習後でもいいから
 せめてご飯茶碗は水につけておいてほしいよねぇ」

これです! 食器を水に浸しておく。
東北ではこれを「うるがす」というのだと教わりました。
これは変じて「いったん保留にする」とか「先延ばしにする」
という時にも使えるそうです。

先ほどご紹介した「翻訳できない世界のことば」
中の絵もすごく素敵でプレゼントにも最適ですよ。

2026/01/08

新年おめでとうございます。

 新しい年をどのように迎えられましたでしょうか。
年末年始は面白いTVもなく
(昨年はふてほど、一昨年はVIVANTなど見ていた)
おせち料理も作らず、たまった新聞を読み
バタバタと過ごしておりました。

1月18日(日)日本・スペインギター協会主催
第52回ニューイヤーコンサートに昨年同様
青木先生とのデュエットで演奏いたします。
昨年10月に開催したコンクール受賞者5名の演奏
そして会員有志による楽しいコンサートです。
お近くの方もそうでない方もよろしければお運びください。

結局グダグダし、それなりに食べてしまったので
体重も増えてしまい、気休めにジムへ行く。
イントラの男性が私には少しブルーが入っているように見える
なかなか良い色に髪を染めていたので
「きれいに染まっていますね、何色っていうの?」
と聞いたらば「シルバーです」という。
「えっ? シルバー? やだっ、あと30年すれば
 いやでもシルバーになるのだか今しなくても・・・」
と軽口を言ったら
「家系的にシルバーにはならないんです。
 むしろなくなっちゃう方です」
まだ20代の前半、にこやかに言ってはいたが
とっさに何も言えず苦し紛れに
「白髪でなく、なくなる…の。そちらですか。
このようにお話になるのは覚悟ができているということね」
みたいなことを言ってしまいました。

今年も毎朝のラジオ体操をなるべく休まず続けたい。

2025/12/31

今月も今年もいろいろありましたが

 12月のこんなことがありました、というお話。
13日土曜日の夕方、といってもそんなに暗くならない時刻。
夫が「鳩が鷹みたいの襲われた」と言う。
(鷹なんてこの辺にいる?)と思ったが、
それでその後どうなったかと聞くと
昔使っていたサッシのガラス窓が家の裏に立てかけてあり
その隙間に逃げ込んでじっとしているというのだ。
その日は寒い日だったので、ぬかとか米とかを置いて
風が通ると寒いからお酒の空きビンにお湯を入れて湯たんぽ
それとタオルでちょいと風よけをしておいた。
襲われて弱っているから翌朝には死んでいるのでは
と私はとても気になっていたのだが翌朝夫がすぐに確認。
米とか食べたらしく「大丈夫そうだ」と言って出かけてしまった。
とはいえ、12時間以上ここにじっとしているわけだから
(動けなかったら病院かなあ)と休日営業の、
しかも鳥の診察をしてくれる獣医を私は検索していた。
11時ころ覗いてみるとやはりじ~っとしている。
しかし30分後再度確認したらいなくなっていた。
(なんだ、歩けたのかぁ)

2時間以上経った午後、庭へ出ようと玄関を開けた。
すると下へ降りる階段の途中にその鳩がいた。
ありゃ~、どうしたの? やっぱり具合悪い?
しかしそこに居られたら私は下りれないなぁ。
数分おきに様子を見ると彼は(彼女か?)一段ずつ下りて
しかもその都度じっとしていた。
御礼でも言いに来ていたのだろうか・・・。

そして「そんなことがありました」とお隣に先日話をしましたら、
なんと、彼(彼女?)を襲う前の鷹が
防犯カメラに残っていたというのです。
チャッピーに画像を送り、なんという鳥かたずねると
「ツミ」(漢字では「雀鷹」と書く)という猛禽類と教えてくれた。
あれから2週間、鳩のその後は気になる。
どうでも良いことですが、私もチャッピーやコピロット相手に
時々楽しんでおります・・・
皆様、良いお年をお迎えください。

2025/12/10

11月のうれしかったこと

 先日嬉しいメールが届いた。 
20年くらい前の教え子からのメールである。
当時高校生だった彼、関西の大学へ進学することになった。
何年くらい通っていてくれたのかなぁ。
彼のメールによると2006年まで通っていてくれたらしい。
「禁じられた遊び」を今でも時々弾くとメールにあった。
とにかく関西行きだから当然ギターはやめることになった。
1人暮らし、自炊、と話していたので
入学祝にオーブントースターをプレゼントした。

その後2011年の正月に尋ねてきてくれた。
その時は修士課程にいて、どんなことを専門とし
こんな事をやりたいと思うとその辺の知識のない私に
非常にわかりやすく説明してくれた。
私は読書記録を「読書メーター」に残しているのだが
その存在を教えてくれたのは彼であった。

その彼が11月にメールをくれて、
結婚し、ひとり息子がいること、11月末にもう一子が誕生すると。
つまり今は二人のお子様の父上なのねぇ。
トースターは2020年までつかっていてくれたらしいよ~ん。

レッスン時に私が話したこと(ギターのことでなく!)を
いろいろと吸収してくれた素晴らしい生徒でした。
こういうことがあると素直に、本当に素直に
まっすぐうれしいです。はい、幸せです。
先生していてよかったと感じてます。
ご実家に帰られたらばばぁになった私に会いに来てくださいませ。

2025/11/27

前回の続き~父のことを思う

 お坊さんのお話、続き。
高校3年生の頃だと思うが、父が近所の人と
夜な夜な鎌倉の小町通りに飲みに行くのに連れて行かれ
そこで夜な夜な忍びで飲みに来ていたお坊さんと友だちになった。
その人はまだ修行の身で私が寺院へ行っても
おしゃべりする場所もないので
彼の仲良しのお坊さんが住職をしている塔頭が
おしゃべりの場として使われたのである。

ここまで書いてきて、危険な行動でしたなぁ~
よく二人の坊さんに乱暴されませんでしたなぁ~
自分が親だったらどれだけ怒っただろう、
父だって怒るはずだからないしょで寺へ行っていたかと思う。

で、その修行のお坊さん、ある日なんと、
学校に私を訪ねてきたのである。
私はカトリック系の学校に通っていたのだが
托鉢に出たついでに(?)学校にあらわれた(らしい)。
たしか、放課後の掃除の時間帯だったと思う。
私は見なかったが友人が学校の坂道をあがってくる坊さんを見た。
「廊下から外見ていたらお坊さんが現れたよ。
 以前話してくれたお友だちのお坊さんじゃない?
 まさか会いに来たのじゃない?」
 と教えてくれたのである。

ギョッとした! 帰宅して父から静かに話があった。
「学校から電話があって三七子を訪ねて今お坊さんが来ている。
 どうしましょう・・・という電話だ。
 もちろん帰らせるように言った」と静かに言われた。
怒られたとかでなく静かに言われて、怖いともあまり感じず
ましてやというか、なんというべきか、
悪いことをしたとも感じなかった気がする。

しかしこうして自分も年を取って思うことは
この出来事はむしろ父を困惑させ、苦しめたのではないか。
私を叱るにもどう言っていいかわからなかったのでは。
もしかすると酒を飲みに連れて行ったことを後悔していたか。
とにかくこの出来事を父はどんな風に思っていたのだろう。

父は思春期に母親を亡くした私をどう育てていいか、
いつも悩んで苦しんでいたらしい。
私が嫁いだ後、義姉にそのことを打ち明けていた。
「三七子をどのように育てていいかわからなかった」
というようなことを兄嫁に言ったと。

私が初めて結婚相手となる夫の母に挨拶に行ったときのこと。
帰ってきた私にどんなだったかを話させて
最後に父が言った言葉が今も残る。
「母親がいないからこんな娘に育ってしまったのだと言われたら
 私にはどうすることもできないのだ」

ちゃんとしなくちゃいけないんだ・・・
父が私のことで人様に何かを言われるようじゃ
父につらい思いをさせる娘ではいけないのだと
恥ずかしながら30歳もいくつか過ぎて思った。
義姉から話を聞いたのはそれ以降のことだ。

あれあれ、お坊さんとの思い出話が違う方向へ。
しんみりしてしまいましたが
お坊さんの話はまだ続きがあるのですけれど
父の話になぜかなってしまいました。

2025/11/25

夜の建長寺に行きました。

今月は友人とライトアップされた鎌倉建長寺へ行った。
建長寺なんて何年ぶり? いや何十年ぶり?
拝観料を取るようなお寺さんは夜に入れないところが多い。
だから今まで何度も行ったことのある建長寺さんだが
夜の、しかもライトアップされた幻想的な境内は美しく
高いお金を出した甲斐がありましたわ。
様子を見にだかかどうかはわからないが
歩いているお坊さんもニコニコ顔でした。
                  ご存知、三門。
        (ご存知って、建長寺といったらこれ、と私は思っている)
                     唐門。
              重要文化財らしい・・・知らなかった。
              ちょっとわかりにくい写真。こちらは池。

以前は本当に良く行った。いや、突っ切っていた。
実家から鎌倉に行くのに電車やバスを使わない場合
ハイキングコースで半僧方へ行き建長寺を突っ切って
というコースをいつも使っていたのである。
そうでなくても10代の終わりころは
院内の塔頭に仲良しのお坊さんがいて遊びに行っていた。

と、そんなこともす~っかり忘れていて
この日、急にいろいろ思い出してしまって
同行した友人にその思い出をまくしたててしまった。
このお話はまたいずれ書きます(と思います)

2025/11/16

こういうのは許せないという恰好

なんだか急に寒くなり、四季でなく二季を感じるこの頃。
ちょっと出かけるのに何を羽織れば良いのかわからず。
とはいえいきなり長めのコートを着るのもはばかられ、
お尻が隠れるくらいのものは持ってなかったな。
ウィンドブレーカーみたいのしかないなぁ。
だいたい昨年は何を着ていたのだろう?
腰までの30年以上着ている革ジャンだけは覚えているが。
と、朝から天袋にある衣類箱をチェックする。
あぁ、こうして衣替えのたびに椅子にのり
天袋にある衣類箱の中を入替え、防虫剤をいれて・・・
というのは年齢的にそろそろ難しいかもと毎年思う。
そう思って昨年から衣類の断捨離はしているのだ。

半年ほど前靴が捨てられないと書いたが
なんだかんだ言って2足は捨てました。3足かも。
そして折りたたみ傘も2本おさらばとなりました。
3段に折れる折りたたみの傘。骨がだめになり
修理しようと持ち込んだらできませんでした。
骨そのものを取り換えねばならなかったのだが
3段式のは長さがいろいろあって
ピッタリのものが簡単に見つけられないのだそうです。
あきらめてビニールと骨とに分離し
骨のほうは後日その修理屋へあげてしまった。
もしかしたら役に立つかもしれないから。

と、このように捨てましたが、その分を買い足さない。
めんどくさがりやなので、買い物もめんどう。
本当に買い物もおっくうなのである。
良いのだ。断捨離なのだから。
今クローゼットにあるものをみすぼらしくない程度に、
自分の許せる範囲で日常着ればよいと思うのだ。

と、前置きが長かったが先日友人と
「自分の(他人のも)許せる範囲の格好とは」
という話になり、これ、結構いろいろあったのである。

私、じいさんのGパンは何とか許せるが
ばあさんのジーンズはちょっと許せない。
すっごくかっこよく着ておられる老婦人もおられるが
そのような方に出会うのは稀です。
そんな私も家ではジーンズであり、
歩く範囲の行動圏では「許して!ばばあのジーンズ姿」
と心の中で言って出かけてる。
さらに許せないのは、チュニックという腰まで隠す服があるが
それを着ているにもかかわらず
腰も隠さないジャケットを着て、
ジャケットの下から長々と出しているいる姿も許せない。

皆様、まぁ出るわ出るわ。
ご主人が真っ白のズボンを買ってきて
「体操のお兄さんにしか見えない、やめて」
(体操のお兄さんというか体操の選手かと)
と即、捨てさせたと言った友人。
他におじいさんの半ズボンという人もいた。
男のタンクトップというのもありましたな。
私はもう1つ、ジャージやスウェットでの外出。
私のエリアの中学生は皆ジャージで登下校しているが
これがどうしても許せないっ!!
制服があるだろに。制服はどうしたんだっ!。
こんなだからだらしがなくなるのだっ!と思うのである。
ジャージ通学の言い訳(理由でなく言い訳っ!)
はいくらでもあるだろうが、
汚さないように気をつけること、
立ち居振る舞いに気をつけること、
もちろん大切に服を着ることなど制服から学ぶことは多かった。
靴のかかとはつぶしてはかないとかもある。
さてさて、小うるさい内容でしたが
皆様はどんなこだわりをお持ちでしょうかぁ。