岸恵子氏の訃報が知らされた8月下旬
8/25日経新聞に歴史学者の磯田氏の追悼文が掲載された。
さらに9/7読売新聞にも磯田氏のさらに詳しい追悼文が載った。
ここからど~んと私のくっだらない話になり恐縮だが、
現在、たった二人の我が家では「きっとよ」がブームである。
初対面は11年前のシンポだという。
磯田氏は
「白楽に慶大の書庫があり、
お宅の前をタクシーに通ってもらったことがある」
と告げたらば「あら、いらして」と言われたという。
社交辞令と思うことにしたというが、
別れ際に車に乗り込む岸氏がくるっと振り返り
「いらしてね、きっとよ」
これです、これ。
私は岸恵子のこれを口にしたときの顔も声も浮かんでしまい、
この新聞記事を私にくれた友人は
「ねぇ、まるで映画のワンシーンみたいだね」
磯田氏は
「上品さときたら、この世のものとは思えない」
と書いておられた。
そこでこの「きっと」ですが、
多くは予測や期待のニュアンスを含む言葉として
使われることが多い気がするのだが、
「きっと」には必ずとか間違いなくという使われ方もある。
タクシーで、振り返りながらのこの
「いらしてね、きっとよ」はこちらであり
再度書きますが、この情景が
本当に映画のように浮かんでくる。
あぁ、こんなにきれいな日本語があったなぁ。
というわけで、マイブーム。
私が口にしても日本美にはなりませんが。




