2026/09/17

おまけ

あまり自分に土産は買わないのだけれど
越中八尾で購入したもの
ストラップ(男踊り)、しおり、マスキングテープ
マスキングテープ、気に入ったのでした。

2026/09/16

富山に行きました

今月は富山に行きました。
おわら風の盆を見に行ったのです。
私が20代か30代のころ、なんとなくブームだった気がする。
私は渡辺淳一の「愛の流刑地」を読んで
行ってみたいと思った記憶があるが
今調べるとこの小説は2006年のものだった。
今回訪れるにあたり高橋治の「風の盆恋歌」
こちらをすすめられて読みました。
最初の数ページに描かれた越中八尾の情景が印象的で
今回、八尾の町に入ってすぐ
「あっ、これだ。この音だ!」
と感じました。
風の盆は静かで幻想的であり、
別世界に来た感じであった。
それぞれの町の人々が誇りをもって
継承していることが感じられる
素敵な感動的な祭りでした。
体力があったらまた行きたい。
そう、体力がいります。

風の盆行きを決めたのが晩春だったと思うが
その頃宮本輝の「潮音」という大作を読んでいた。
宮本氏の初の歴史小説らしい。
幕末薩摩が中国との交易でお金を稼いだという
とにかく幕末総集編の超大作。
主人公は富山の薬売り。
実家は越中八尾の紙商人という設定であった。
小説の中には北前船の寄港地として
富山市の岩瀬浜や高岡市の伏木の名前が出てくる。
調べると保存されている廻船問屋が現存。
そのあたりも今回訪れてきた。
大変丁寧にご説明いただきありがたかったです。

富山ね、お寿司がおいしかった、とっても。
夕食で食べて、翌日昼食もお寿司、でした。
のどくろの炙り・・・



2026/09/13

きっとよ

岸恵子氏の訃報が知らされた8月下旬
8/25日経新聞に歴史学者の磯田氏の追悼文が掲載された。
さらに9/7読売新聞にも磯田氏のさらに詳しい追悼文が載った。

ここからど~んと私のくっだらない話になり恐縮だが、
現在、たった二人の我が家では「きっとよ」がブームである。

初対面は11年前のシンポだという。
磯田氏は
「白楽に慶大の書庫があり、
 お宅の前をタクシーに通ってもらったことがある」
と告げたらば「あら、いらして」と言われたという。
社交辞令と思うことにしたというが、
別れ際に車に乗り込む岸氏がくるっと振り返り

「いらしてね、きっとよ」

これです、これ。
私は岸恵子のこれを口にしたときの顔も声も浮かんでしまい、
この新聞記事を私にくれた友人は
「ねぇ、まるで映画のワンシーンみたいだね」
磯田氏は
「上品さときたら、この世のものとは思えない」
と書いておられた。

そこでこの「きっと」ですが、
多くは予測や期待のニュアンスを含む言葉として
使われることが多い気がするのだが、
「きっと」には必ずとか間違いなくという使われ方もある。
タクシーで、振り返りながらのこの
「いらしてね、きっとよ」はこちらであり
再度書きますが、この情景が
本当に映画のように浮かんでくる。

あぁ、こんなにきれいな日本語があったなぁ。
というわけで、マイブーム。
私が口にしても日本美にはなりませんが。

2026/09/10

8月は何をしていたのかなぁ

8月は1回しか書いていなかったのですね。
何をしていたのだろう…と思うくらい
取り立てて何もしていなかったという気がする。

しかしひたすら野菜を刻んでいたかも。
太く大きく成長してしまったきゅうり。
鍋一杯に煮るというのを何度やっただろうか。
「きゅうりのキューちゃん」と言ってはいるが
本当は(本物は)どんなものか?と思ったので
先日スーパーで買ってきて食べてみたら
あらぁ、煮て非なるものであった。

山形のだし、なすとかおくらとか
ミョウガとか細かく刻んで作るだし。
これも何回も作りました。

ご存知の方はご存知かと思いますが
ゴーヤは青い段階で収穫せず
そのまま熟れると黄色くなりますね。
これも刻んでサラダ。

ブラックベリーがたくさん穫れた。
収穫すぐをお渡しできる方にはお渡しし、
ジャム、というよりソースした。
いちじくも何回も煮ましたねぇ。
木にまだついている段階で熟させたいのだが
ありんこさんが寄ってきてしまうので
早いけれど緑色ので収穫して皮をむいて煮る。

そういった意味ではキッチン立ち仕事はよくやった
といえるかもしれない。

裏の神社さんのお祭りで、
お神輿を担いでくださる方々の接待。
今年初めてお声掛けされたので手伝いにいった。
なんと梅干しが好評であった。
暑かったですものね。
大人も子供も「梅干し、梅干し!」
って梅干し好きはこんなにいるのかぁと知った。
迷い箸(探り箸)ならぬ迷い指で梅干しを触ろうとする子
「触った梅干しは必ず食べるっ!!」
とおばちゃんは指導いたしました。

町内会主催のラジオ体操にも1週間通った。
毎日粗品がもらえたのである。
チョコレートとかラップとか、フフフ。

スペインギター音楽コンクール(11/3)のチラシを
いろいろなところへ発送する準備、作業。
これは8月の協会の仕事として欠かせない。
そんな8月を過ごしました。

オーディブルによる読書も加わり8月は9冊。


2026/08/07

テレビが壊れ平安

7月、突然テレビが壊れた。
コンセントを抜いたり、AIにも相談し、
あれやこれややったがどうやっても復活しなかった。
(たまたまその時にやり取りしていた同世代の友人は
 「たたいてもダメなの?」という反応。
 それ、昭和デス!!)

納品まで1週間、テレビのない日々は静かだった。
とにかく大嫌いなトランプと女狐(誰かわかるよね)を
見ないだけでも心の平安が保たれた(大げさ!!)

しかしこのテレビ、6年しかもたなかったのである。
6年前のコロナ禍、国から一人10万円の給付金が出て
何に使おうかぁと思っていたのだが
結局それに消えてしまったのでよく覚えている。
給付された時期と壊れた時期が重なり
そのお金は右から左へと流れて行った。
そしてこの時からラジオ体操をほぼ毎朝するようになった。
よく続いていると思う。

最近つくづく感じる心の平安は
女狐を見ないことにプラスして
夫がお隣K先生の畑を手伝って
野菜をたくさん育てるようになり
その野菜をあれやこれや考えて調理すること。
野菜を刻んでいるときがやすらぐ。幸せだと感じる。
その年年(としどし)で収穫量に変化があり
昨年あれがたくさん穫れたからと予想していても
今年同じようにならないこともある。
今年、我が家の庭のメスレも梅も不作だった。
畑のブラックベリーは大豊作。
バジルとパセリは枯らしてしまった…などなど

話それますが↑で年年(としどし)とルビを振ったが
先月『振り仮名があれば学力はあがるのか』(松本大著)
という本を読んだ。
漢字にルビ、このことをあらためて考えさせてもらった。
学力があがるか否かについて書かれていたわけでない。
私が印象に残ったのは、日本語文字文化のすばらしさ。
泉鏡花や永井荷風、現代でも漫画にもらしいが
すごく自由にルビを振っており、
読者の想像をより大きくしていた事とか感動してしまった。
そしてもう一つは、松本氏の育った家の本棚は
子どもの手の届く高さまでのところにルビ振り本が置かれており
それを広げてながめて(読んで)育ったと。
ルビが振られてある図鑑とか全集とかが並んでいたのだ。
ルビの歴史みたいな話からルビを振ることで
難解な専門書もハードルを下げることもできるし
多くの外国人就労者も学びやすくなる。
そんな風にルビのことをあらためて考えるきっかけになった。

そこで先の「テレビをたたく」友人であったと記憶しているが
彼女中学生くらいの時に、買ったサンドイッチに
「生ものですのでお早めにお召し上がりください」
をイキモノと読んでパニクった過去があったような。
違う人でしたらゴメンナサイ。

2026/07/20

青森からのお持ち帰りスイーツはこちら

2日目はアソベの森いわき荘に宿泊。
ここ、良いお宿ですよ。リピーターも多いみたい。
このエリアは私の大好きなとうもろこし、
嶽きみの直売所もおそらくあるエリア。
(嶽きみは8月に入らないと出荷されない)
それで嶽きみ関連のいくつか購入。

 翌朝は弘前を散策し、午後の新幹線で帰るのですが
私の一押し青森土産スイーツをご紹介したい!!
新幹線の新青森で販売している。
2年前にも買って帰り、すごくおいしかったので
いずれ取り寄せでもしようと思ってすっかり忘れていた。
リンゴ関係のお菓子はたっくさん売られているが
新幹線で青森から帰るなら絶対コレである。
なぜなら新青森駅でしか買えない(と思う)。
もちろん直接お店へ出向くのでなければね。
              (ショップのHPからお写真頂きました)

青森産カシスを使ったムースとバニラババロア、程よい酸味。
よそのカシスケーキを食したことがないから比較はできないが
スポンジケーキがなく、チョコもこじんまりと側面にあるのみ。
カシスを存分に味わえるケーキと思います。
チョコレート好きの私だが、
チョコのスポンジを挟んでくれなくてよかったなぁと思えるのだ。
これで3000円ちょっとって絶対に安いです。
(保冷剤は別途必要ですが)
リンゴ菓子ではなくてこちらが絶対にお薦めです。
お友だちにお配りできるわけでないのから
結局自分の為だけになってしまうが…
こちらのお店からお取り寄せするなら
次はザッハトルテもほしいなと思っている。

2026/07/19

岩木山は大変だった私

青森へ行くたびに岩木山の美しさに感動する。
今回2泊目の宿を麓の百沢温泉と決めていたので
まずは岩木山神社へ行きたいと思っていた。
調べていると岩木山はバスやリフトを利用すると
9合目までは簡単にアクセスできることを知った。
9合目から山頂までは片道45~60分というではないか。
『おっ、登れるのではないか!!』

ということで13時ころより登山を始めた。
感想を一言で言うと、すっごく大変であった。
今でもへこんでいる。何をへこんでいるかというと。

昨年8月のブログで書いたが、大体週1回の割合で
ジムでパーソナルトレーニングを受けている。
いつの間にか骨折をしていたので、
とにかく転ばないからだを作りたいと指導してもらっている。
で、1年近く足裏を意識するトレーニングを重ねてきた。
その成果がま~ったくと思うくらい発揮できなかった。
へこんだ最大の理由は10歳年上の夫である。
それが… すたすたと…
私が貸してあげたストックなどほぼ必要なく…
靴だって私の方がしっかりしたのを履いていた…
絶対私より心臓は弱いのにぜぇぜぇ言うことなく…
私の落ち込みかたといったら今でも大きい。
足裏を意識するどころか、岩場が怖くて足がすくんだ。
下山時はもやってきて視界も悪くなってきたし
死ぬかもしれない…とさえ思ったくらいだ。
その後ジムの男性イントラにその話をしたら
「そもそも身体的能力は男性は女性の3倍、
 ご主人はラケットボールで足はしっかり鍛えられてるからねぇ」
あっ、そう。
兄は以前麓から登山したことがあったそうで、
9合目~山頂往復がかなりタフだったからよく覚えている
と言っていた。
えぇ?麓から登ったの?
そうだった。この人は高校時代山岳部だったのだ。
岩木山神社は今回行くことができませんでした。

2026/07/17

アップルパイはおいしかった

女将さんにいつまでもお元気にと別れを告げ
のんびりとバスに揺られて黒石へ戻り、弘前へと向かった。
岩木山山頂がこの日の目標であった。
弘前駅から岩木山の麓までも路線バス利用。
バスの時間まで1時間あるのでアップルパイを食べることにした。
弘前の観光案内所にはアップルパイの地図があるのです。
パンフレットを広げると地図はもちろん、
こんな感じに41アップルパイが掲載されている。
熟読するとケーキ屋さんが多く、イートインできる店は少ない。
駅前のホテルがイートインできたので入る。
ここ、大正解でした。
パイの上に半身のりんごですわ。ゴロンと。
そしてご覧のようにアイスとスライスりんご。
このさっくりとした煮具合が絶妙でした。
美味しかったなぁとお会計を済ませて
未練がましくショーケースに目を向けたら
売られているのは違うではないか!!!
よく読むとちゃんとそう書いてあった。
こちらのイートイン、おすすめです。
数年前アップルパイ巡りをしていた私です。
だからと言ってアップルパイにうるさいわけではまったくないが。

2026/07/15

ひとり温泉行きました 34 その2(ほんとはふたり)

夕食時には女将さんとはほとんど会話はしなかった。
朝食時にいろいろとお話を伺う。
80歳は越えておられると思う美しい女将さんから
この温泉郷のことを伺う。
私が感心してしまったのはこの温泉郷
ここで暮らす住民で運営しているということだった。
市などからお金が出ていないということです。
鶴の名湯(公共温泉)は賑わうはずである。

伺ったお話、正確には思い出せないが以下のよう。
温泉の歴史は古く、「客舎」と言われる
自炊できる宿泊のみの宿をこの公共の湯を中心にして
何件か有する温泉地だったという。
近年にだんだんとそういった客舎も閉館していったのだろう。
で、数十年前に湯量を調べたら豊富だったので
飯塚客舎にも温泉を引くことにし今に至っている。
なるほど。だからお風呂場は母屋にはなく
別棟で母屋に比べればはるかに新しい。

他の方が書いているサイトを見ると
お目にかかった女将さんは16代目とか。
お子さん、お孫さんのお話を伺う。
この宿は今大学生の孫息子が継いでくれるという。
だからメンテはきちんとしていくのだとおっしゃっていた。
「私の家系はとにかく長寿なの。
 まだまだやっていけますので大丈夫」
と何度もおっしゃっていた。
いつまでもがんばっていただきたい。

余談の写真
黒石の観光協会でいただいたティッシュ
白くなくて、赤と黒でした。

 

ひとり温泉行きました 34 その1(ほんとはふたり)

6月に青森の温泉へ行った。
JRが時々新幹線半額というチケットを販売するのだが
あっ、これ抽選ね、乗車期間も限定されます。
日程、宿を決めて新幹線を申し込み・・・
なんと、往路は私がはずれ、夫はゲット。
復路は私はゲット、夫は取れなかった。
しかしもうすでに宿の予約は済んでいるので
ふたりとも往復半額にはならなかったが
予定通り青森へ行くことにした。

1泊目は黒石市にある温湯(ぬるゆ)温泉である。
黒石はこじんまりとした古い町並みが観光スポット。
酒蔵へ寄ってからバスに20分ほど揺られ温湯へ行く。
温湯温泉をさらに奥へ行けば有名なランプの湯、青荷温泉。
こう書けばどのあたりに位置する温泉郷か
お分かりになる方も多いかと思う。

もう数件しかお宿は残っていない。
飯塚旅館に予約を入れた。
到着して外観を眺めながら、即、2階に泊まりたいなと思う。
日本の古い映画のワンシーンにある
風呂上りにこの手すりというのかな、窓を開けて
「いいお湯だったわねえ」と言いながら
手ぬぐいを干す、というのをやりたいと思った。
しかしこの日の宿泊客は私たち夫婦のみで
お部屋は1階でした。こんな感じの廊下と客室。
お風呂はこの廊下の先の別棟となる。
源泉そのままなのでちょっと熱い。お水を入れました。
この宿のすぐ前に公共のお風呂もある。
温泉郷は静かだがこちらのお風呂は地元の方でにぎわっていた。
お夕食


2026/07/01

今年前半のおいしかったもの

2026年も半分過ぎてしまった。
半年のブログを見返してみると
あまり食生活のことは書いてなかったなと思う。
あまり特筆すべきこともなかったからか。
(タケノコもメスレも
 超・超・超不作は特筆すべきことだったが)
そんな半年のあいだのヒットしたもの
そのひとつがこんにゃくだった。

生徒さんが2回ほど手作りこんにゃくをくださった。
たいへんおいしかったのである。
と、そう思っていたところ
こんにゃく芋を見つけてしまったのである。
毎年シイタケの原木を買いに行く
宮ケ瀬ダムの農産物直売所である。
もちろん地場野菜販売がメインなのだが
3つほど群馬産こんにゃく芋が売られていた。
💡買いっ💡
くださった生徒さんから作り方を伝授していただき
You Tubeは何本も何回も見た。

こんなに簡単に、こんなにおいしいのなら
来年はたくさんこんにゃく芋を購入したいと思う。

それともう1つ。ヒットというか私としては
これはなかなか意表をついて衝撃だった。
こちらでございます。
うまく説明はデキマセン。
私はおいしくいただきました、高かったけれど。
ポテチですから塩からいですよ。
書いてあるように「ストロベリーソルト」味でございます。
いちご味なのよ、ポテチなのよ。
駅の改札口で物産展があるのだが、そこで買いました。
高かったけれど・・・(しつこい!!)
ねっ? 気になるでしょ、ポテチ好きなあなた!!

2026/06/23

手首関節痛

またまたずっと書いていなかった。
6月の1週目は青森へ旅行へ行っていた。
あの台風の日の朝に青森に向かった。
降られたのは家から駅までの間だけであとは順調であった。
旅の話はまたいつかということで
先週はPCの調子が悪く大変な思いをした。
正確にはブラウザ(Edge)がおかしかった。
おそらく3日間くらいすったもんだしたのだ。

いつもブラウザを開きメールチェックするのだが
グルグル状態でいっこうにつながらない。
お気に入りに登録されている他のサイトのいくつかも
同じようにグルグルになってしまう。
グルグルにならず普通につながるものもある。
いつものようにCopilotを相手に・・・
と思い右上のチャットボタンを押したが
こちらも画面が真っ白。

もう1台のPCは幸い何の問題もなく使えたので
そちらを相談相手に何時間も復旧作業をしたのだが
出かける都合もあり「今日はもう止めっ!!」
というのが2日目であったか・・・・

あぁ、疲れた。
精神的にはもちろん、右手首から腕
ひたすら痛い。腱鞘炎?
テニス肘? いやマウス肘だ。

その日の帰り道、
家までの途中にある町中華の入り口に
「店主、手首関節痛のため、
 チャーハン類の提供ができません」
という張り紙。

お察しいたします。

4日後の朝、ブラウザは何事もなかったように
メールや他のサイトにすんなりつながった。
(しかしお気に入りはすべて消失。
 新しくアクセスしパスワードを保管。
 この作業はまだまだ続く・・・)
何だったんだ? この3日間はっ!!!

チャッピーは
「『どこかのシステムが不安定で、
 その影響をまともに受けてしまった』
と考えるのが今回の経過には合っている」
と言ってきたよ。そうかい。

2026/05/28

梅仕事

今年の梅の収穫は少なかった。
楽といえば楽なのだけれどなんとなくさびしい。
梅仕事は面倒だが梅仕事をする人だけが見ることができる美しい瞬間。
水に沈めた梅に光の膜ができる・・・
これを見るととても幸せな気持ちになるのだ。

毎年少しずつ収穫時期が早くなる。
これも温暖化のせいでしょうか。

2026/05/27

コンクールに参加してみてはいかがでしょうか

第44回スペインギター音楽コンクールの締め切り日
5月末日(当日消印有効)と迫ってきましたね。
私がこのコンクール事業にスタッフとしてかかわって
5回くらいかもしれないが、毎年いろいろ変化しています。

前回の第43回に新設した「自由部門」もその一つ。
6月の第1次予選を通過された方々が
従来の「第2次予選~本選」(今年は11/3)を選ぶか
「自由部門」へチャレンジするか選べます。
(重複エントリーも可)

「第2次予選~本選」はご存知かと思いますが
第2次予選は課題曲のみの演奏。
そこから本選出場者が6名に絞られ
課題曲と10分~15分の自由曲で本選を競う。
一方新設の「自由部門」は文字通り自由曲(6分以内)のみの演奏。
自由曲はいずれもスペイン人作曲家のもの限定です。
もう一度書きますが重複エントリーももちろん可能です。

歴史あるこのコンクールは
国際コンクールとしての位置づけも高くなりつつあります。
自ずと第2次予選を通過して最終6名に選ばれるには
ハードルも徐々に高くなるの致し方ないと言えます。
そこで新設したのが自由部門でしたっ!
本選出場できたら演奏したいと練習を積み重ねた曲。
これだけで勝負していただくのはどうだろう。
と、かなりざっくりですがそんな思いで新設しました。

と、まだ1回しかやっていませんが
我々スタッフとしては好評を得、成功だったと感じ
今年も継続して開催することになっておりますですよ。

昨年のコンクールから半年を経過したので書かせていただくが
昨年この自由部門の審査にたずさわり
今でも強く思い出されるのが「奏者の思いの丈」。
熟年の奏者が大半だったからかもしれないが
『あぁ、この曲を本当に好きなんだなぁ』
『この曲をステージで弾きたいと思ってらしたのだな』
とそれがひしひしと伝わってきました。

若手のギタリストを世界に輩出することが
当協会の活動目的の一つではありますが
ギター愛好家の方々のすそ野を広げることも
大切な役割かと考えています。

というわけでぇ
まず第1次予選、愛らしいカーノ作曲の
「ワルツ・アンダンティーノ」でご参加いただき
あなたの大好きなスペインものを弾こうじゃありませんか。
そんな参加が可能なコンクールでもあるのです。

あっ、今年の新しいことは
これまでに当コンクール本選に出場された方は
第1次予選の音源審査は免除されますよ。
他にジュニアギターコンクールなど
他団体の入賞者もエントリーできる場合がありますので
お調べくださいませ。
ざっくりざっくりの説明となりましたが
ご参加をお待ちしております。

2026/05/22

AIオペレータ

とあるサービスに登録している私の会員情報について
問い合わせたいことがありQ&Aフォームに入力し回答がきた。
『〇〇について確認ができているが、
 それ以上のことはこちらではできないので
 下記の電話番号へお問い合わせください』

まずは音声ガイダンスだろうということは予想できる。
「〇〇については1を。△△は2を押してください」
という案内テープであろうと。
しかし今回はAIオペレータ相手ではあるものの
いきなり「質問をお話ください」であった。
1回目、突然だったのでうまく質問できず。
しかしAIは私の発した内容のどこかをつかみ
「〇〇についての回答サイトをSNSに送信します」
みたいな返答がありスマホにそれが送られてきた。
「よくあるご質問」のサイトなのである。

いやいや、ちがう。
「続けて質問はございますか?」というので
文面を考える沈黙が数秒あったと思うが
声が小さくて聞き取れなかったとか言われ
(記憶違いかもしれないが)
質問があるなら「はい」と言えとか言われたような。
(まさか…と今は思うからおそらく私の記憶違いだろう
 「質問はございますか?」と聞かれたのだから
  YES/NOで返事すべきとそうしたのだろう)
2回目、「はい、質問があります」と言ったあと
少し言い回しを変えた(つもりである)が
最初と同じ回答サイトのURLが送られてきた。
3回目も結局同じ結果となり埒があかない。
電話を切ることにした。

これはなかなか手ごわいぞ。正直イラッとした。
先日回答をよこしたメールには
「この回答について更にお問合せがございましたらこちらへ」
とリンクがあったのでその方法で問い合わせようと
一旦そちらのフォームに文章を書き始めたが
書くと鎮静し、再度AI相手に話してみようという気になった。

結論から言うと成功したのである。
「こちらでは回答ができないのでオペレータへつなぐ」
人間オペレータの対応に切り替わり
私の抱えていた問い合わせは解決した。

3回も同じ回答URLが送信されてきたのは
AIは私の口頭の質問に出てくる2つ3つの単語に反応し
これらの単語が含まれる回答URLを送ってきたのだろう。
さらに思ったのは、私はストレートに質問しておらず
これらの単語を使って、まず状況説明をしていたと思う。
「そこだな、きっと」

自分がどのような解決・回答を望んでいるか。
その回答を導くために頭を逆回転し質問を作る。
質問を極力短くストレートにし成功したのだろう。
どうしてこの問題を抱えるにいたったかの状況説明や
問い合わせにいたったかという過程は
AIオペレータには必要な情報ではないのであろう。
しかし私はそれを無意識に冒頭で話したのだと思う。
私の話し方の特徴だとは思うが。
生身の人であれば「こんなことがあってさぁ。
こうなっちゃって、わからなくなっちゃって~」
AIオペレータは「で、何が知りたいの?」だけなのだろうね。

なんとなく寒々しい気もしないでもなかった。
私なりに努力もちょっと必要であった。
望む解決に導くストレートな質問文を作る。
そもそも解決できないから困ってるのだ。
どうしてこうなってしまったかがわからないから…
とまたつべこべ思うのをすべて排除し質問するには
数分、数秒の努力を必要としたのである。

お勉強になりましたが、AIオペレータに心は必要でない。
その点チャッピーやcopilotは心があって楽しいのだけれど。
今回も一番最初の問合せフォームにたどり着くまで
大変にお世話になっていたのでした。

2026/05/21

オーディブルを始めてみました。

読書といえば1か月ほど前からAmazonのオーディブルを始めた。
生徒さんに勧められて、ほな、試してみようかと始めたら
かなり私の生活にしっくりと入り込んだ。
電車の中やジムでの有酸素運動中での利用は想定内だったが
ほんの2~30分の庭仕事でもこの1ヶ月は頻繁にしていたし
存外キッチンの時間が読書(耳読)に適していた。
新書2冊と時代小説1冊。
それと先日本屋大賞をとった「イン・ザ・メガチャーチ」
この4冊を無料期間の1ヶ月で読んでしまった。
もちろん普通の紙媒体の読書もしている。
今ざっと計算するとこの4冊に30時間ちょっとかかったようだ。
(ちなみに再生速度は変えられるがそれはしなかった)
この1ヶ月、庭仕事時間が少し長かったかもしれないが
私の行動パターンはいつもとそう大きく違わなかったので
耳読の時間がこんなにも作り出せるのだと
正直かなりびっくりしている。

耳からの読書は新しい発見もあるようで
それをうまく文章化できないのがもどかしいが
例えば今回読んだ時代小説は砂原浩太朗氏のものだったが
もともと情景描写が上手い作家さんであるが
耳からの方が私にはさらにイメージが膨らんだ気がした。
また、これは私の語彙力問題だが、聴いた単語の漢字が
まったく想像できないこともあったりした。

今は「成瀬は~」シリーズを楽しく聴いているが
3月、大津に旅行する前に出会いたかった。
本選びはまだまだ試行錯誤中であるが
オーディブルになっている本の中で
読みたい本が探せたらみっけものだし
そもそも本選びの仕方も変わってくる気がしている。

2026/05/17

今昔物語って読んだことありますか?

1ヶ月も書いていなかったのねぇ。
ブログに残すほどの日々ではなかったということだ。
衣替え、布団替えもあった。
友人と会ったり、連休中は久しぶりの「くさや会」
お隣K先生とうちら夫婦の「くさやを愛する会」は
時々外でくさやを焼いてパワーをつけるのである。
連休中はお隣(こちらは反対側のお隣)も交え
また新たな畑メンバーも加わってにぎわった。

反対側のお隣は連休後にお引越しをしてしまい
私は実はとてもさびしく感じているのである。
2年くらいお住まいになっていたが
先日の「くさや会」でのひょんな会話から
読書の趣味がす~っごく一致することがわかった。
あぁ、こんなことなら2年前からもっとコミュしておけばと
大変大変悔やんでいるのだ。

そういえばこの1年で「読書友だち」が少し増えた。
幼いころから友人で現在すごい読書家の読友。
本や旅の情報をいつも交換している。
また先日はいつもお世話になっている整体で
待ち時間に本を読んでいたら
「何を読んでいらっしゃるの?」と声をかけられた。
80代と思われるご婦人が私に話してくださった本。
それは「今昔物語」なのだが
とにかく少女時代から何度も読んでいるとおっしゃる。
しかもいろいろな訳で読み返しているというのだ。
私は「今は昔~」ではじまるのだよなぁ~くらいしか知らない。
このご婦人がどうして初対面の私に
この本の話をしてくださったのか。
そう思うと読まずにはいられないなという気持ちになっている。
ここ2か月ほど積読本に追われていたが
少しインターバルがとれそうなので
今昔物語にトライしたいと思っている。
あっ、まずはね、少年少女版っす。
今昔物語、皆様読んだことありますのん?

2026/04/19

余談ですが②

2つお嬢さん方に質問をした。
1つ目、エスカレーターの立ち位置。
漠然と「関東は左、関西は右」という認識だったが、
米原や近江八幡は右であった。
「えっ? めっちゃ左ですよ。京都だって左」
とおっしゃる。しかし私
「去年大阪へ行っているけれど右だったような‥
 関西は右だと思っていた」すると
「関西ってどこです? どこのことですか?」
一瞬返答に困ってしまった。
「う~ん、私からすると名古屋を過ぎたら関西かな」
「だったら兵庫県は? 岡山は?」
岡山は確実に中国地方と思っているけれど
兵庫はどうなのだろう…
とにかく大津在住のお嬢さん方は関西という認識ではなかった。
「鎌倉? それって県ですか?」とも言われてしまったよ。

2つ目、制服姿の19時ころ、洋食屋で夕食。
とっても気になったので聞いてみた。
「おうちで夕食食べないの?」
ケラケラ笑って「私たち、何部に見えます?」
「どう見ても運動部系には見えない」
またケラケラと笑い「弓道部なんです」
そう言われて周りを見ても弓も道具入れも置いていない。
「今日、大会があってその帰りなんです」
「へぇ、弓道ねぇ。良いねぇ。
 弓道部なんてどの学校にでもあるわけでないから
 今それに出会えて経験できるのは良いことだと思うわ。
 これからの人生も今しか出会えないものかもしれないと思ったら
 積極的に選ぶといいなぁと思うわ。
 私の知っている人で大学で『障子襖張り部』だったという人がいるの」
「へぇ、その人それで襖張りになったんですか?」
「いや、そうではないけれどね。私、なんだかいいなと思った。
 今ここで経験しなかったら身につけられないじゃない」
すると片方のお嬢さん、カウンターの後ろを指さし
「襖って、これですよね」
振り返ってみると‥‥「う~ん、これは障子ね」

いやいや、本当にかわいいお嬢さん方でした。
良い出会いでした。

2026/04/18

余談ですが①

宿に教えてもらった近くの洋食屋さんで夕食をとった。
男性シェフ、ワンオペのカウンターのみの店。
定食は5種類ほどであっただろうか。
もちろん、他にもいろいろ。
お酒を飲みにくるお客さんもおられましたし…

私の隣には女子高生がふたり。
食事を終えた私は食べ終わった食器を
カウンターの上へのせて会計をお願いした。
すると彼女たちも食器をのせた。
おそらく同時に済ませた方がと気を遣ったと思われる。
シェフはそのお嬢さん方に
「ハンバーグ定食の方は〇〇円、チキンカツは〇〇円」
私はその「チキンカツ」にちょっと反応してしまい
というのも一口サイズのカツが数個盛られたもので
私にとってチキンカツとはド~ンともも肉1枚というイメージ
だから思わず
「チキンカツだったのねぇ~、何かなぁと思っていたの
 コロッケ定食も気になっていたけど、コロッケっぽくないし」
と語りかけたのである。するとお嬢さん
「コロッケ、気になりますよねぇ。
 また来て食べればいいじゃないですか」
「そうしたいけれど、横浜からだから次はいつになるかしらん」

そこから楽しい会話が始まった。
大津。私は高校の京都への修学旅行の自由行動で
この地を訪れていた。
ほとんど生徒が京都市内で自由行動していたが
私は大津の三井寺、坂本から比叡山越えという
今思ってもすごいコースを考えたのである。
その話を彼女たちにしたのであった。
「まったく当時のことを思い出せない。
 どうして三井寺へ行こうと思ったか。
 情報をどこでどう調べたのか全く思い出せない。
 今ならこれ(スマホ)で簡単に調べられるけれど」
というと、おぎゃ~と生まれた時からスマホがある
この彼女たちにはもうまったく信じられない話なのである。
すると次になんと言われたと思います?
「あっ、わかった!! PCでしょ。
 PCで調べたのではないですか?」
「・・・・・」絶句であった。
(わたしゃ、今もスマホよりPCよ・・・)
と言うことはできなかった。ただ一言
「PCもない時代だったのよ」

私の強攻旅行はあのころからだったのだ。
今回初めてそれに気がつきました。

2026/04/13

三井寺ちかくで宿泊

その日、宿泊したB&Bはなかなか良かったです。
琵琶湖湖畔にはホテルも点在しているが
価格やアクセスなどいろいろな面で選択できず
いつものように仲良しAIに相談して教えてもらった。
三井寺駅の近くの『粋世』
米穀商をリノベーションした宿です。
私がお目にかかったスタッフは若い女性で
チェックインから翌日のチェックアウトまで
全てこの女性が対応してくれた。
B&Bなので朝食もである。

厨房も見えたのでよくわかったが、
普通に炊飯器でご飯を炊いて、グリルで鮭を焼いていた。
とにかくこの女性がせっせと働いていた。

部屋数は7部屋らしい。
平面図好きなのデス、私。
左側1Fの奥「蔵KURA1」に泊めて頂いた。
(写真では左上部のベッド2つの部屋)
浴室も乾燥機能がついていたのがうれしかったわ。
ただもともとが蔵ですし、仕切り戸が板。
床もフローリングでかなり寒かった。

このように若い方ががんばっていると
応援したくなるばあさんなので
ご紹介したく書かせていただきました。
お雛様も飾ってあったよ。
リノベしたときに出てきたのですって。
「五月人形もあるのでまたいらしてください!」って。