2026/02/25

オコジョが好き

オリンピックが終わったね。
私もりくりゅうに何度も涙しました。
フィギュアは解説のお三方の評価も高かった。
私は現役のころから町田樹氏が好きであった。
今回の解説、曲や技術の説明、
言葉の選び方もすばらしかったと思う。
男子フィギュアは高橋大輔氏も好きだった。
今回こんなにフィギュアが盛り上がったおかげで
過去の彼らの演技もたくさん観る機会があり
つくづく高橋大輔のステップは今でも世界一だなぁ
などと思いながら観ていた。

映像はないが、我々の世代のフィギュアの一番古い思い出は
かわいいかわいいジャネット・リンです、ねっ。

日本の最初金メダル、スノーボードのビッグエア。
初めて見た私は正直
『こりゃ~なんじゃっ!! 何をやったんだっ!』
と感じたくらいに驚いてしまった。
私の生徒さんで
「10回生まれ変わってもやろうとは思わない」
と言った人がいるけれどよくわかる。

ところで私はオコジョが大好きなのだ。
彼がメダルとともに手にしているマスコットに
「あっ、オコジョだっ!!」と
瞬時に反応してしまった。

何年か前に立山のみくりが池温泉に宿泊し
そこの温泉タオルに刺繍されていたオコジョがかわいく
それが刺繍されているポーチも買ってしまった。
私はこういうものをいっさい買わない人間である。
「オコジョ」という名前の響きも好きらしく…。
これが別のゴッツイ名前だったら
果たしてかわいいと思ったかも疑問である。
実際に見たことはもちろんない。
会えれば奇跡である。
私はメダリストが手にするこのオコジョがほしいっ!
毎日そう言い続け、夫には
「もう買えないらしいよ」と言われ…。
そう思っていたら先日天皇ご一家も手にしており
うらやましく思ってしまった。
あぁ、オコジョ~

2026/02/19

ふりかけづくりに最近はまる

最近「食」に関わること書いてないですね。
我が家はほぼ毎食ご飯なので味噌汁は欠かせない。
10月に秋田土産に買って帰った味噌は、
たまたま連れて行ってもらった温泉の売店に売られていたもの。
これがすこぶるおいしかった。
秋田味噌とはこのようにおいしいのかぁ。
お隣さんに持って行ったら
「実は秋田味噌が大好きでずっと秋田味噌を探していた」とおっしゃる。
秋田味噌はスーパーとかで簡単に売っていないことを知る。

その後、温泉のこちらの味噌と
そのほかからも取り寄せることにした。
「まずは大さじ1杯をお湯に溶いてスープにして味わって」
というメッセージが温泉のお味噌に添えられてあった。
今までそのようにして味噌を味わったことはなく
ほほ~と思って試してみた。驚きのおいしさだった。

私は出汁に昆布を利用することが多く
(もちろん顆粒だしも使いますが)
12月上旬であったか駅での物産展で真昆布を買った。
そこで「まだ5時間ぐらいだけれど・・・」
と言われて飲ませてもらった水だしお出汁。
う~ん、すごい! 美味しい! 買ってしまった。
そもそも私はこの水出しに入れる昆布の量が少なく
かなりの量を使わねばいけないことをこの時知った。
少なくてもまぁおいしいことはおいしいのだが
試飲したのはもうねっとり、ねばねば水だった。

以来、今までの3倍以上の昆布を毎回使うことにしたが
そうなると次にはこの昆布をどうするか、となる。
というわけで、今の私の1週間に一度の仕事として
「ふりかけづくり」が加わった。
細かく刻み、煮干しをすり鉢で砕き
粉の削り節、ちょっと古くなった海苔、白ごまは時々。
これをストーブの上でフライパンで炒るのである。
味はお酒とお醤油ね、適当なので毎回味が違うけれど。
これがおいしいのだなぁ。
いつの間にか骨折の私には煮干しも取れるから
なんとなくうれしい。
(こんな少量の煮干しに効果があるとは思っちゃいないが)
いずれ作らなくなるかも、の可能性は大きいけれど
ストーブがある間はふりかけづくりにいそしみます。

味噌作りも過去に何度かやりましたけれど
私にはかなりの肉体労働でしたのでやめました、ハイ。


2026/02/12

3か月前の話の続きです。

学校に現れた修行のお坊さんでない方の
もう一人のお坊さんは先にも書いたように
建長寺境内にいくつかある塔頭の〇〇院の住職であった。
父と衝突して家出して行くところがない兄に
私は軽くこの塔頭を勧め兄はそこで数日間生活していた。
そんなこともあり、私たち兄妹は当時頻繁にここに出入りしていた。
私とその住職はたぶん10歳くらいの年の差があった。
冗談に「三七子ちゃん、あと10年くらいして
まだ二人とも結婚してなかったら結婚しようなぁ」
などと言っていたのだがぁ~

彼は一目惚れされて、あっという間に結婚してしまった。
本当に一目惚れされてしまったウソのような話であった。
彼の友だちが「好きな女性だ、会ってほしい」と
彼女を連れて塔頭に来たのだという。
そして、なんと、女性は建長寺から北鎌倉までの帰り道
その男性を振り切って戻ってきたと。

びっくりしたなぁ。10年後の私は・・・、
いやいや、そんなのはどうでもよろしい。

結婚なさる直前のその年の大晦日
彼はNHKの『ゆく年くる年』の除夜の鐘をつく中継で
その役を任され、私たち兄妹、そしてこのフィアンセ
他にもどなたかいたかもしれないが
その塔頭でテレビを見て年を越しました。
どうしておられるかなぁ。
会いに行ってみようかなぁ。 

2026/02/10

山下氏は鎌倉へも演奏に来てくださった。

 ギター界ではすでに皆様ご存知のことですが
1月末にギタリスト山下和仁氏が他界されました。
同世代の方なこともありその訃報に衝撃を受けました。
ギター界にほんの足先しか入っていない私なのですが
それでも少しばかりの思い出があります。

初めて生で、日本人演奏のアランフェスを聞いたのも
山下氏であったかと思います。
1990年5月に鎌倉で2夜連続のコンサートがありました。
プログラムがこちら。
鎌倉なんかに来てくれる!! 2回も演奏する!!
「展覧会の絵」も弾いてくれるというので兄も誘った。
ピアノが何よりの趣味という兄。
「展覧会の絵をギターにした」ということは知っていたが
妹の私の目から見ていて、兄は
「すごいことだけれど、けったいなことでもある」
と思っているように見て取れた。
「行く、行く。平太(兄の親友でやはりピアノ曲好き)も誘う!」
ふたりが楽しんで帰ったのは言うまでもない。

私の師匠が山下氏の父上(山下亨氏)と交流があることもあり
1日目の夜に打ち上げを企画して和仁氏となごやかに会話した。
写真でしか知らないから『まじめそうだな、堅そうだな』
と思っていたがお酒も楽しまれ、すっごく気さくな方だった。
一番印象に残っているのは、なんと
「弦の張り替えはどのくらいでしているのですか」
という質問に「毎日」と。
ええっ?! 毎日?!

2026/02/05

あぁ、ゴメンナサイ。女雛に円形脱毛

節分も過ぎたのでお雛様を出した。
(今までも何度かブログ掲載したが、こちら正面)
で、女雛様が円形脱毛症になっていた。ガ~ンである。
(ガ~ンは死語?)
真上から撮りました。
お雛様は毎年出しているが今年初めて気が付いた。
防虫剤を入れねばいけなかったのか…
とにかくかわいそうなことをしてしまった。
ひたすら、ひたすら、ごめんなさい。