この春、朝廷から徳川家を追討するご命令がありましたが、
私ども今まで臣下の一人として仕えました者としては、
恩を忘れて主君に鉾を向けることなど決してできるものではありません。
現在の諸国の大名の態度を見ておりますと、
日本国が従来から持っていた人の道を守る心は捨て去られたように思います。
私は領内の十余万人が、職業に精励して経済が豊かになり、
安心して生活できるようにすることが天職だと思っています。
それぞれの藩がそのように考えることが、
ひいては国全体の平和と繁栄につながることでしょう。
そんなことも分からない人たちが戦争をしかけてくるのであれば、
義理を守り、力を尽くして戦い、
滅亡しても仕方ないことだと覚悟しています。
しかしながら強い方につこうと日和見の態度を取って、
戦いに巻き込まれて領民を苦しめ、
藩も滅亡し、汚名だけ残すこととなれば
もっと申し訳のないことだと思っております。
私どものような小藩でも一致して倹約につとめ、
産業を興せば、三年のうちには海軍を備えることもできましょう。
それなのにこのような情勢となって、
いたずらに戦争によって領民を苦しめ、農作業を妨げ、
国を疲弊させてしまうのは本当に悲しむべきことです。
このことはすでに、朝廷にも徳川氏にもご意見申し上げたのですが、
どちらからも回答はありませんでした。
そこで私はやむを得ず、
ただただ領民の平和を維持することに専心しているのであります。
このようなことを私どもは
決して一藩のためだけに申し上げているのではありません。
いまこそ日本国中で協力し、
世界の恥さらしにならないような強国をつくり上げることが大切です。
情勢は切迫していますから、この真の心を
ぜひご採用になっていただければありがたく思います。
慶応四年五月
牧野駿河守